2026年7月29日、社会保障国民会議の実務者会議において「中間とりまとめ案」について合意に至ったと報じられています。とりまとめ案の柱は、中低所得の現役勤労者を対象とした新しい給付制度の2029年度導入です。この給付に「年収の壁」に配慮した一定の加算が、時限措置として上乗せされることとなっています(下記*1)。以下、「年収の壁」に焦点を絞り、これまでのおさらいも兼ね、論点を整理しましょう。

第1に、「年収の壁」対策として導入された既存制度との機能の重複です。まず、保険料調整制度*2です。保険料調整制度は、社会保険料の本人負担分を最大で半分まで軽減し、それをもって可処分所得の低下を緩和する仕組みです。国民会議のいう加算と明らかに機能が重複します。
次に、キャリアアップ助成金です*3。助成金の1つである短時間労働者労働時間延長支援コースでは、労働者1人につき最大75万円が助成されます。財源は雇用保険料です。助成要件は週所定労働時間の延長と賃金の増額であり 、例えば、週所定労働時間の延長が2~3時間であった場合、賃金の増加幅15%以上が要件となっています。やはり給付および加算と機能が重複します。
第2に、第1号を夫に持つパート主婦との公平性です。次のような例を考えましょう。Aさん、Bさん2人のパート主婦がおり、ともに従業員49人のスーパーXで働いています。Xは、従業員50人以下なので、その被用者保険適用基準は、週所定労働時間と月所定労働時間から割り出し、週所定労働時間25時間になります。2人とも年収129万円、週所定労働時間は21時間です。2人の相違点はただ1つ、Aさんの夫が第1号、Bさんの夫が第2号であることです。すなわち、年金種別上、Aさんは第1号、Bさんは第3号です。
2027年10月、被用者保険適用拡大によってスーパーXの被用者保険適用基準は、週所定労働時間20時間かつ賃金8.8万円(×12=105.6万円≒106万円)になります。その結果、Aさん、Bさんとも週所定労働時間を維持すれば、年金種別上、第2号になり、Aさんは可処分所得が上昇し、Bさんは可処分所得が減少します。「中間とりまとめ案」の「年収の壁」に配慮した加算を額面通り解釈すれば、Bさんのみが加算対象となりますが、Aさんの目には不公平に映るでしょう。
第3に、財源確保の不透明さです。「中間とりまとめ案」では、給付および加算の財源確保策が未定となっています。例えば、前掲Bさんへの加算原資を賄うため、社会保障給付が削られたり、増税が行われたりしたとしても、Aさんの納得は得にくいでしょう。
第4に、仮に加算が導入されたとしても、時限措置のはずが、恒久化する懸念です。「中間とりまとめ案」では、年収の壁に配慮した加算は、第3号被保険者制度の見直しや被用者保険の適用拡大の加速による「年収の壁」解消までの時限措置とされています。もっとも、「年収の壁」解消に、政府が真正面から取り組む保証はありません。
第5に、「収入」と「所得」の未整理です。「所得」は、収入から経費を差し引いた金額として定義されます。例えば、給与所得者の場合、経費は実額ではなく、多くは給与所得控除が用いられ、給与収入-給与所得控除=給与所得となります。他方、厚生年金保険や健康保険制度においては、「所得」ではなく、130万円や106万円がそうであうように、もっぱら「収入」が用いられます。しかも、収入そのものではなく標準報酬という概算額が用いられ、そこには通勤交通費が含まれたり、130万円からは想定外の時間外手当が除かれたりと、一般に想起される「収入」とも概念が大きく異なっています。以上のように論点は多く、より踏み込んだ議論が求められています。(2026年7月29日)
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*1 収入約106万円に※6として「正社員に比べ時間・日数が4分の3未満の短時間労働者についての要件に関する目安」とあります。しかし、疑問があります。一般に、「正社員に比べ時間・日数が4分の3未満の短時間労働者についての要件に関する目安」と目されているのは130万円です。130万円の壁(4)106万円との比較 | 超党派年金制度改革データベースを参照。
*2 130万円の壁(8)保険料調整制度の背景は | 超党派年金制度改革データベース、130万円の壁(9)保険料調整制度の問題点 | 超党派年金制度改革データベースを参照。
*3 130万円の壁(7)キャリアアップ助成金の利用 | 超党派年金制度改革データベースを参照。
*4 001684102.pdf