政府の「年収の壁」の対策は、キャリアアップ助成金だけではありません。2026年10月には「保険料調整制度」が導入されます*1。おおまかにいえば、新たに第2号被保険者となる人について、社会保険料の本人負担を最大で半分に軽減し、可処分所得の低下を和らげる仕組みです。ただし、新規の第2号全員ではなく、小規模企業で働く賃金水準の低い労働者に限定され、かつ、3年間に限られます(図表1)。ほかにも、後に述べるように条件がつきます。これは、2025年通常国会で成立した年金改正法で決められました*2。今回は、厚生年金保険の適用に関するポイント3点のおさらいを通じて制度導入の背景を探り、次回、論点を整理します。

1つは、短時間労働者に関する被用者保険適用(第2号になる)基準は、企業規模の大小によって2通りあり、小規模企業の方が、パート主婦は被扶養の範囲内でより長時間働けるということです*3。雇う側も、賃金の約15%に及ぶ社会保険料の事業主負担を払わずに済みます*4。理屈ではなく、小規模企業への配慮でしょう。
企業の大小は従業員規模50人が分岐点です。まず、50人以下の場合、被用者保険適用基準は、週所定労働時間および月所定労働日数が正社員の4分の3以上となっています。週所定労働時間は25時間ぐらいでしょう。
次に、従業員51人以上の場合、被用者保険適用基準は、ざっくり(A)所定内賃金月額8.8万円以上、かつ、(B)週所定労働時間20時間以上となっています。なお、従業員51人以上の企業は、年金用語で「特定適用事業所」と呼ばれています。
2つめは、この分岐点の段階的な引き下げが決まっているということです(図表2)。分岐点は、2027年に35人、29年に20人、32年に10人、そして35年に廃止されます(いずれも10月)。分岐点の引き下げによって、それぞれ約10万人、15万人、20万人、25万人が新たに第2号になると推計されています。もっとも、捕らぬ狸の皮算用になる可能性もあります。それまで週25時間近く働いていたパート主婦が、パート先の分岐点が引き下げられることによって、夫の被扶養にとどまるため労働時間を週20時間未満に抑えるかもしれないからです。第2号を増やすはずが、人手不足を招いてしまっては本末転倒です。政府としては、そうした事態は何としても避けなければなりません。

3つめは、とはいえ、分岐点の引き下げは恐らく簡単な作業ではないことです。厚生年金保険適用業務はもともと容易ではありません。2010年に日本年金機構が発足して以降、適用業務は顕著に改善していますが*5、それでもなお、2026年3月末で未適用の可能性がある事業所が約13.8万あると報告されています*6。
分岐点はこれまでも、2022年にそれまでの500人から100人に、24年に50人に引き下げられてきました。とはいっても、引き下げ対象に相当する法人事業所数はそれぞれ6万、11万程度です(図表3)。従業者規模が小さくなるほど、事業所数は増えます。30人以上49人以下17万、20人以上29人以下23万、下にいくにつれグッと増えます。財政的な余力も平均すれば企業規模の大小に比例するでしょう。そうした状況下、分岐点の引き下げを進めていかなければなりません。

こうしてみると、前線で戦いに臨む日本年金機構に対し、素手で戦えとも言えない厚労省は、保険料調整制度という武器を届けたと捉えることができます。保険料調整制度の対象は、まさに分岐点引き下げの影響を受ける事業所とされています*7。なお、保険料調整制度の導入が、分岐点引き下げより一年早い本年10月であるのは、任意特定適用事業所も対象に含めるためのようです。現在、従業員規模50人以下であっても、任意で(A)所定内賃金月額8.8万円以上、かつ、(B)週所定労働時間20時間以上を被用者保険の適用基準とすることができます。これを任意特定適用事業所といいます。
保険料調整制度は、「壁」問題の根本的解決策ではないことはもちろん、軽減分の費用負担方法をはじめ審議会や国会において異論も多く出ています。次回、制度のそうした論点について整理します。(2026年7月10日)
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*1 日本年金機構「保険料調整制度のご案内」https://www.nenkin.go.jp/tokusetsu/hokenryochosei.html
*2 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00017.html
*3 https://nenkindb.jp/130万円の壁(4)106万円との比較/を参照
*4 https://nenkindb.jp/厚生年金保険(負担)事業主負担の経済的性質/を参照
*5 https://nenkindb.jp/厚生年金保険(加入1)適用事業所/ を参照
*6 第83回社会保障審議会年金事業管理部会(2026年6月4日)資料1-2 https://www.mhlw.go.jp/content/12508000/001707555.pdf
*7 ただし、日本年金機構「保険料調整制度のご案内」では「原則として」と書かれています。