前回お話ししたように、被用者保険適用基準には企業の大小で2通りあり、その分岐点である従業員規模の段階的な引き下げが、2027年10月から始まります。保険料調整制度は、それを円滑に進めるためのツールと言えます。とはいえ、この制度には問題点を指摘できます。とりわけ重大なのは次の3点です。
第1に、制度の非対象者との間に生じる不公平です。保険料調整制度は、社会保険の根幹である「拠出原則」からの逸脱です。拠出原則とは、端的に言えば、社会保険料を頑張って払うからこそ給付があり、払わなければ給付がないというルールです。保険料調整制度のような例外を設ければ、不公平の発生が避けられません。それは、拠出原則の例外である第3号被保険者の仕組みへの批判をみても明らかです。
例えば、第1号被保険者が保険料免除を受ければ、拠出原則がきっちり適用され、基礎年金が減額されます。あるいは、同じ事業所のなかでも、保険料調整制度の対象者と非対象者とに色分けされます。制度の対象者は必ずしも経済的困窮者ではなく、配偶者が高収入の場合もあるでしょう。非対象者の目に、保険料調整制度は不公平に映り、それは社会保険制度への不信へとつながりかねません。
第2に、財源の正当性に対する疑義です。軽減分の財源は、厚生年金保険と協会けんぽに加入する全事業所と全被保険者の保険料です。単純化すれば、保険料調整制度を利用するスーパーX社の従業員の社会保険料の一部を、制度を利用しない、あるいは、できないスーパーY社とその従業員が負担するということです。これは、2025年5月21日の衆議院厚生労働委員会の質疑で明らかになりました*1。
階猛委員「(略)そうした支援の財源、これはどこから捻出するのか。支援するに当たっては、年金の保険料だけではなくて医療保険料の分もカバーすると思うんですが、こうした財源をどこから捻出するのか。明確に答弁をお願いします」。
福岡資麿厚労大臣「それぞれの財源ということですが、年金は年金の財政から、医療については医療保険の財政からということでございます」。
保険料調整制度は、強制ではなく事業所の任意であり、第3号であった労働者が第2号に切り替わることによって労働時間が増える恩恵を受けるのはその事業所です。よって、X社従業員の保険料軽減分はX社の自腹とすべきであり、無関係のY社とその従業員への負担転嫁は、合理的根拠を見出すのが困難です。実際、国会審議では保険料の流用であるとの批判も出ました。
なお、社会保障審議会年金部会では、国会答弁と異なり、X社の自腹であるとの説明がなされていました。24年11月15日の年金部会資料(下記)を見ると、「事業主が被保険者の保険料負担を軽減し、事業主負担の割合を増加させる」と記載されています*2。年金部会の最終とりまとめ*3では「本特例の導入については賛成意見が多かった」と総括されていますが、当然ながら保険料調整制度を正当化する根拠にはなりません。

第3に、透明性の欠如です。保険料軽減に要する財源規模はどの程度なのか――肝心の金額は、年金部会資料や国の2026年度予算書のなかに見当たりません。約470億円という金額がようやく引き出されたのは2025年の通常国会の質疑においてです*4。約470億円は、会計検査院が国の無駄として毎年度指摘する金額に匹敵する規模です。
保険料軽減分は、事業主がいったん立て替えるスキームであるため、事業主へのキャッシュバックは27年度以降になると想定され、よって26年度予算には金額が表れないということなのかもしれません。とはいえ、制度の導入だけ年金法改正によって先に決められ、その財源規模については尋ねられるまで知らされないというのでは全く透明性に欠けます。
制度開始後も透明性に関する懸念は残ります。制度を利用する事業主へのキャッシュバックは、国の年金特別会計の厚生年金勘定と健康勘定それぞれから支出されるものと思われます。健康勘定では、協会けんぽの収支が管理されています。年金特別会計に限らず、特別会計に共通して言えることですが、一般会計に比べてチェックが甘くなり、支出が非効率になる可能性に注意しなければなりません。
加えて、次のような問題点も指摘できます。(1)3年間の保険料軽減終了後、軽減を受けた労働者の労働時間が十分に伸びていなければ、可処分所得の低下が生じます。(2)社会保険制度が一段と複雑になります。(3)470億円は、年間の保険料約50兆円の0.1%程度ではありますが、保険財政への影響はゼロではありません。(4)被扶養認定基準の収入の定義を緩めながら*5、他方、保険料調整制度とキャリアアップ助成金によって第3号から第2号への移行を促しており、政策としての一貫性に欠けます。(5)社会保障国民会議で検討されている給付との関係が明らかではありません。
こうした保険料調整制度の問題点、とりわけ被保険者間にもたらされる不公平については軽視されるべきではありません。保険料調整制度は、従業員規模引き下げの進捗状況を睨みつつ、極力速やかに廃止されるべきでしょう。(2026年7月13日)
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*1 第217回国会 衆議院厚生労働委員会 2025年5月21日
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121704260X01920250521/76
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121704260X01920250521/77
*2 年金部会の百瀬優委員の発言からも、X社の自腹であるとの説明がなされていたことは明らかです。「この特例については若干の疑問があります。この特例を実施した場合、常識的に考えれば、事業主負担割合を増やせるのは大企業になると思います。そうなると、同じ賃金の労働者でも、大企業だと本人の保険料負担が軽くなって、中小企業だと本人の負担は軽くならないという格差が生まれます」。https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_20241122.html
*3 「社会保障審議会年金部会における議論の整理」(2024年12月25日)https://www.mhlw.go.jp/content/12501000/001364986.pdf
*4 階猛委員「それに必要な財源は、年金と医療保険、合わせて四百七十億ぐらいに上るという答弁がありました」。第217回国会衆議院厚生労働委員会(2025年5月28日)https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121704260X02220250528/103
*5 https://nenkindb.jp/130万円の壁(2)被扶養者の認定基準の推移/を参照。