マクロ経済スライドの調整期間一致に対しては、厚生年金保険の積立金の流用であるとの批判があります。厚生労働省は、調整期間一致を呼び水とし、厚生年金保険積立金のうち65兆円を基礎年金に重点活用すると説明してきました(図表1)。この「活用」という説明が転じて「流用」との批判につながったものと思われます。
現在、厚労省のホームページ上では、「いわゆる『流用』には当たらないと考えています」との見解が示されています*1。しかし、流用ではないと断言されていないところに、厚労省の主張の苦しさがうかがえます。

では、実際はどうなのでしょうか。以下、3つの観点から整理します。
第1に、用語法の妥当性です。調整期間一致は、「活用」と胸を張って言えるようなものではありません。「活用」には、冷蔵庫の余った食材でもう一品仕上げるような肯定的な語感があります。厚労省は、基礎年金の底上げ実現に向け、そうした印象の国会議員や国民への浸透を期待したのかもしれません。しかし、主に2つの理由から「活用」は明らかに言い過ぎです。
1つは、調整期間一致は、無から有を生み出すものではないためです。調整期間一致は、大まかにいえば、厚生年金保険財政の支出において、報酬比例年金を削減し(図表2)、削減した分を基礎年金拠出金に付け替えるという財政構造の修正に過ぎず、新たに付加価値を生み出すものではありません。
もう1つは、調整期間一致によって、公平性が後退するためです。調整期間一致の結果、第2号被保険者には、報酬比例年金の減少という不利益が生じます。他方、第1号被保険者と第3号被保険者にはそうした不利益は生じません*2。あるいは、厚生年金保険制度の基礎年金拠出金単価が、国民年金制度の単価を上回るようになります*3。

第2に、流用の対象です。厚労省は、活用するのは厚生年金保険の積立金であると説明しています。積立金という響きには、前述のように冷蔵庫で余っている食材のような、あるいは、特別会計に眠るとされる霞が関埋蔵金のような印象もあります。それを活用すると言っても文句を言う人はいないでしょう。厚労省は、積立金という言葉にそうした期待を込めたのかもしれません。
しかし、わが国の年金財政はもっぱら賦課方式で運営されています。厚生年金保険財政の根源的収入は、厚生年金保険料と国庫負担の2つでしかありません。積立金の原資は厚生年金保険料です。よって、本来、仮に活用という言葉を使うとしても、その対象は、積立金というよりも厚生年金保険料と説明されるべきです*4。
第3に、流用批判の矛先です。積立金の流用批判は、調整期間一致に向けられているようですが、厚生年金保険料の流用は、1986年に基礎年金が導入されて以来、基礎年金拠出金として長年行われてきました 。調整期間一致は、こうした既にある流用の修正に過ぎません。
本来、社会保険料とは負担と給付の対応を特徴とする財源調達手段です。厚生年金保険料の名で徴収されるのであれば、給付は厚生年金の名でなされるべきです。ところが、1986年施行の年金改正により、厚生年金保険料の一部が基礎年金拠出金に充てられるようになりました。これは、厚生年金保険料の基礎年金への「流用」と言えます。批判は、調整期間一致という修正箇所にではなく、基礎年金拠出金という仕組みそのものに向けられるべきでしょう。
以上の整理を踏まえれば、調整期間の一致とは、積立金の流用というよりも、もとからあった厚生年金保険料の流用拡大と理解するのが実態に即していると言えます。(2026年5月27日)
*1 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00023.html。なお、この図に登場する基礎年金拠出金、拠出金算定対象者、および、国庫負担については、第3号被保険者の費用負担 | 超党派年金制度改革データベースを参照。
*2 第2号被保険者も、報酬比例年金の減少を上回る基礎年金の増額があるから差し引きプラスだと言われても、釈然としない部分は残るでしょう。マクロ経済スライド調整期間の一致(2)その効果 | 超党派年金制度改革データベースを参照。
*3 マクロ経済スライド調整期間の一致(3)公的年金の財政構造の修正 | 超党派年金制度改革データベースを参照。
*4 なお、65兆円という数字はどこからきているのでしょうか。調整期間一致をした場合と、2024年財政検証のシナリオ(調整期間一致なし)の場合の2120年度までの厚生年金保険財政の支出における報酬比例年金の差を2024年価格に換算し合計すると63兆円になります。これが65兆円とおおむね符号します。
*5 基礎年金と第3号被保険者の登場 | 超党派年金制度改革データベースを参照。