超党派年金制度改革データベース

menu

PAGE TO TOP

コラム

大林 尚

第2章 砂上の皆年金制度 ③ 年金を我がことと考えられぬ為政者たち

小泉純一郎政権の「未納3兄弟」や、その返り討ちに遭った民主党の菅直人氏の未納問題が発覚したのは、2004年の年金制度改革法案の国会審議が佳境に差しかかっていた折も折であった。それは、日本の為政者たちが年金問題をいかに我がこととして考えていないかを如実に浮き彫りにした。

過去、国民年金に未加入だったり期間の長短を問わず保険料を払っていなかったりした国会議員の名前は、3兄弟騒ぎを端緒として次々に明るみに出た。それも与野党を問わずだ。最初に麻生太郎、石破茂、中川昭一3氏の名が出たとき、菅氏をはじめとする民主党幹部は年金政局に持ち込む千載一遇のチャンスととらえただろう。

ところが火の粉は自身に降りかかり、同志の議員にも未加入・未納が多数いることがわかるにつれて、この問題は与野党痛み分けになってゆく。「堅いこと言うなよ、あいつも同罪だろ」である。

違法駐車やちょっとしたスピードオーバーなど道交法の軽微な違反で摘発されたドライバーが「オレだけじゃないだろ」「なぜあいつは捕まえないんだ」などと、警官に見苦しい抵抗をするのと似ていまいか。

小泉政権では3兄弟を手始めに、福田康夫官房長官、竹中平蔵経済財政・金融担当相(非議員)、谷垣禎一財務相、茂木敏充沖縄・北方対策担当相の未納が判明した。5月に入ると福田氏は官房長官の座を退いたが、閣僚の辞任ドミノにはつながらなかった。

つづいて公明党が神崎武法代表ら13議員に未納があったと発表し、野党第一党の民主党は「負けじと」33人の未納議員の名前を公表した。代表を退いた菅氏の後を襲うはずだった小沢一郎氏も、未加入の期間があったことをみとめて代表就任を辞退した。閣僚や国会議員ばかりではない。全国の知事、市町村長、また地方議会議員にも飛び火し、国中のいたるところに未納政治家が少なからずいる事実が明るみに出た。

そんななかで、1986年4月以降に未納があった国会議員の名前を公表するように義務づける法案を民主党議員が国会に出したのは、まことに滑稽だった。公表を義務づけたところで、年金制度や年金政策にどんなプラスの効果があるのか。

ちなみに1986年は旧厚生省が第三号被保険者を制度化し、名実ともに国民皆年金が確立した年とされている。

政治家の年金未納問題は大政局に発展するかにみえたが、与野党がともにすねに傷もつ身だったことが白日の下にさらされ、しだいに収束に向かってゆく。この間、置き去りにされたのは多くの国民だ。

当時、国民年金の保険料は月額1万3300円だった。1カ月の未納もなく40年間せっせと払いつづけてもらえる年金は月6万6千円あまり。1年間で80万円弱である。議員歳費に国会議員年金と、恵まれた待遇を受けている政治家にとっては取るに足らぬ金額かもしれない。事実、未納議員のほとんどが未納によって生ずる自身の年金減額について、さして痛痒を感じていないふうだった。

しかし自営業者や専業農家、非正規社員など国民年金にしか加入していない人が、引退後の生活保障をこの程度の年金に頼るのには無理がある。政界の未納騒ぎが浮かび上がらせたのは、そうした人々に対するローメイカーの思いが欠落していたという事実であろう。

民主党はマニフェストの最大の売りに
していた年金改革の公約を反故にした

もちろん一般の人々のあいだでも未加入や未納は多発していた。その点で国民皆年金は砂上の楼閣だ。未加入・未納による将来の無年金・低年金者を出さぬようにする制度改革に取りかかることこそが、政界未納ドミノの教訓ではないか。

民主党が政権を奪取した09年の総選挙のマニフェスト(政権公約)には、税財源を活用した最低保障年金の創設という、制度改革に向けた解の一つが示されていた。民主党政権は3年あまりつづいたが、公約を反故にしたまま野に下った。鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦の3首相もまた、年金問題を我がこととは考えていなかったのである。


コラム一覧へ