政府の「年収の壁」対策として、これまでキャリアアップ助成金と保険料調整制度の2つを紹介してきました。対策はまだあります。「事業主の証明による被扶養者認定の円滑化」です*1。これは、2023年10月に公表された年収の壁・支援強化パッケージの柱の1つとして登場しました*2。

では、どういったものでしょうか。例えば、第2号被保険者の夫と、その被扶養の妻がいるとします。妻は第3号被保険者です。そもそも被扶養者認定の手順は、2023年9月に厚生労働省が審議会に提出した資料(図表)をもとにすれば、概略次の通りです。夫の勤務先と健康保険組合(以下、単に健保とします)は、その妻が被扶養者に該当するか否か、定期的に審査します。健保にとって、組合員(夫)の妻が被扶養者であれば、自らの財政にダイレクトに響くので真剣です。
妻の年収が被扶養認定基準130万円超であるかどうか、税制のように過去1年間の実績で判断できれば単純なのですが、そういう訳にはいきません。社会保険には社会保険の掟があり、130万円とは、今後1年間で見込まれる恒常的な収入を指しているからです。実績ではなく飽くまで見込みなのであり、かつ、恒常的な収入、すなわち臨時の収入は除外されます。

とはいえ、看護師Aさんの事例で考察したように*3、キャリア形成の多様化が進む時代において、昨日までの姿と明日からの姿が同じである保証はありません。今年見込まれる所得が前年の所得証明書のカーボンコピーとなるかどうかも分かりません。しかも、厚労省は、妻の収入が一時的に130万円を超えたからといって直ちに被扶養認定を取り消すのではなく「総合的に判断せよ」と迫っています。「一時的」が指す期間は?許容される超過幅は?「総合的」とは?・・・苦慮する健保は少なくないでしょう。
そこで、曖昧さを低減させるべく、2023年10月に登場したのが「事業主の証明による被扶養者認定の円滑化」です。これも厚労省の課長通知です。例えば、妻のパート収入が130万円を超えたとしても、それは一時的なものであるという証明書(後掲)をパート先が発行し、夫は、健保に妻の前年の所得証明書とともに提出します。それによって、夫の健保における被扶養者認定を円滑化させるのです。「一時的」とは、2年連続までとされています。「円滑化」は、もともと当面の措置だったのですが*4、2025年10月、厚労省課長通知によって恒久化されました*5。
冒頭掲載した与党のパンフレットには、収入が一時的に130万円を超えても、事業主の証明書をもって、引き続き被扶養にとどまれると記載されています。「パート・アルバイトで働く方が、繁忙期に労働時間を延ばすなどにより、収入が一時的に上がったとしても、事業主がその旨を証明することで、引き続き被扶養者認定が可能となります」。しかし、この記載には誇張があります。厚労省の審議会提出資料から明らかな通り、もともと妻の収入が一時的に130万円を超えても、引き続き被扶養にとどまれる仕組みなのであり、証明書は必須要件ではなく、曖昧さの低減に過ぎません。
ここまで、政府の「年収の壁」対策についてお話ししてきました。総じて、壁を残したままでの修正であり、キャリアアップ助成金と保険料調整制度には、審議会や国会などにおいて疑義も呈されています。また、キャリアアップ助成金と保険料調整制度が、第3号を第2号に移行させるいわばアクセルとすれば、「事業主の証明による被扶養者認定の円滑化」は第3号にとどまらせるブレーキであり、政策間の整合性も問われているといえましょう。(2026年7月22日)

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*1 https://www.mhlw.go.jp/content/001561372.pdf
*2 https://nenkindb.jp/130万円の壁(7)キャリアアップ助成金の利用/も参照。
*3 https://nenkindb.jp/130万円の壁(1)看護師Aさんの事例/を参照。
*4 「A1-2(略)『130万円の壁』についても、このようなパッケージ策定の趣旨を踏まえ、特例的な措置として『事業主の証明による被扶養者認定の円滑化』を行うこととしていますが、当該措置も含めて本パッケージの施策はあくまでも当面の措置として導入するものであり、今後、さらに制度の見直しに取り組むこととしています」。「年収の壁・支援強化パッケージ」における、社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外及び事業主の証明による被扶養者認定の円滑化の取扱いについて(令和5年10月20日)(保保発1020第3号)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc8005&dataType=1&pageNo=1
*5 「『年収の壁・支援強化パッケージ』における事業主の証明による被扶養者認定の円滑化の取扱いの恒久化について」(令和7年10月1日)(保発1001第1号)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc9347&dataType=1&pageNo=1