前回まで、マクロ経済スライドに焦点を絞りつつ、年金財政の話をしてきました。今回から、再び制度体系、洋服に例えればデザインについてお話ししていきます。年金に限らず制度は、わたしたちの常識に沿ったものでなければ、いくら法律に書いたとしても機能しません。まずは、「130万円の壁」をとりあげます。
次のような看護師Aさんがいるとします。20代後半、女性、病院勤務、第2号被保険者の夫がいます。Aさんは、キャリアアップを目指し、2027年4月から大学院への進学を希望しています。進学した際、学業に専念するため、収入はゼロになります。Aさんが病院に退職意思を伝えたところ、励ましを受けつつ、2027年3月末まで働いてくれと頼まれました。この病院も看護師不足の例外ではないからです。
Aさんは、退職時期に関し、回答を保留しました。テレビや雑誌で目にする「130万円の壁」が脳裏をよぎったためです。3月末まで働いたとすると、3か月分の給与(月40万円×3=120万円)に退職金50万円を加えると2027年の年収は170万円になりそうです。年収は130万円を超え、夫の被扶養者として第3号被保険者になれなくなるのではないか心配です*1。学費に加え、自ら国民年金保険料と国民健康保険料を負担するとなると、かなりの痛手です。
2028年になっても、夫の勤務先の人事部と健康保険組合から、被扶養者認定のため、Aさんの所得証明書の提出を求められた際、そこには収入170万円が記載されます。とするならば、2027年1月に退職し、2027年の年収を90万円にとどめておくのが安全策かもしれません。とはいえ、病院の要望に応えたい気持ちもAさんにはあります。
では、Aさんはどうすべきでしょうか。結論からいえば、病院の要望通り2027年3月末まで働いても、夫の被扶養者として第3号被保険者の届け出を提出することが可能です。130万円は、現時点から今後1年間で見込まれる恒常的な収入で判断されるためです*2。退職金も「恒常的な収入」ではないため被扶養認定の際の収入からは除外されます。要するに、社会保険においては、昨日までの姿ではなく、現在とその延長線として見込まれる明日以降の姿で判断されるのです。
税制に目を転じると、所得税や住民税において「収入」といえば、暦年の実績を指し、退職金ももちろんそこに含まれます。これがAさんを含む多くの人の常識でもあるでしょう。このように、税制と社会保険において「収入」の発想が異なることに関し、複雑さという代償を払ってもなおそれを上回るメリットがあるかといえば疑問です。そもそも、「壁」が存在し、個人の意思決定がゆがめられるといったこともあってはならないはずです。次回以降、130万円の壁について掘り下げていきます。(2026年6月18日)
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*1 基礎年金と第3号被保険者の登場 | 超党派年金制度改革データベースも参照。
*2 日本年金機構HP「従業員(健康保険・厚生年金保険の被保険者)が家族を被扶養者にするとき、被扶養者に異動があったときの手続き」https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/hihokensha1/20141202.html