過去期間に係る分の給付1,280兆円(2024年度)については、被保険者から国に対し既に保険料が払い込まれていることから、国には給付義務が発生しています。国の手元にある積立金は300兆円、過去期間に係わる分に対応した国庫負担320兆円を1,280兆円から差し引くと660兆円です。この金額はしばしば「二重の負担」と呼ばれますが、前々回(https://nenkindb.jp/賦課方式と積立方式(3)「二重の負担」の虚実/)お話しした通り、ミスリードな感が否めず、「未積立給付義務」と呼んだ方が実態に即しています。この未積立給付義務は、積立方式の年金制度移行に伴い顕在化し、賦課方式を基本とする現行制度を続けたままでも、積立方式であれば得られた年金の収益率の放棄という形で被保険者はなし崩し的に負担を強いられていることになります*1。
すなわち、年金財政問題の核心は、積立方式に移行するか現行制度を続けるかにかかわらず、未積立給付義務660兆円を、公平性に配慮しながらいかに処理していくかということになります。方法は大きく2つに分けられます。1つは、未積立給付義務そのものの削減です。2004年改正で導入されたマクロ経済スライドは、まさにそうした仕組みでした。既裁定年金の取り扱いをみると明らかです。2004年改正前まで、既裁定年金額は、毎年、消費者物価上昇率に応じて上げ下げされるのが原則でした。物価が2%上がれば、年金も2%引き上げられていました。ところが、マクロ経済スライド導入によって、物価が2%上がっても、年金の引き上げ幅はそれ以下に抑えられることとなりました。マクロ経済スライドがうまく機能すれば、過去期間に係わる分の給付は削減されます。
2013年2月に開催されたシンポジウムにおいて、小塩隆士一橋大教授はまさに次のように述べられています*2。「私は、何年か前に『年金民営化への構想』という本を日本経済新聞社から出して、積立方式への移行民営化を主張しておりした。(略)年金の専門家のエッセーをみても、小塩は今まで積立方式へ移行と言っていたけれど、最近言ってないから、やっぱり負けたのではとよく言われているわけですが、私は意図的にやめているんです。というのは、2004年改正がポイントだったのです。そこでマクロ経済スライドが導入されました。これは非常に巧妙な仕組です。つまり、今までの国民に約束していた債務をなし崩し的に棒引きにする仕組ですよね。それは、実質的に賦課方式の規模を縮小するという方向を向いているわけです。(略)2004年改正の方向は積立方式への移行と実質的には同じなのです」。ただし、マクロ経済スライドは2004年改正時の目論見通り機能せず、政府は見て見ぬふりを続けてきたことは既にお話しした通りです*3。
未積立給付義務660兆円のもう1つの処理方法は、財源の見直しです。現在は、年金保険料の収益率を犠牲にすることで処理されていますが、最善策とはいえません。国民年金保険料の場合、月々所得にかかわらず定額、年齢上限は59歳12か月です。厚生年金保険料の場合、賃金のみにかかり、月々の負担額、および、69歳12か月という上限があります。すると、60歳や70歳を超えても就労し収入を得ている人や収入は少なくとも多額の資産を保有している人にも660兆円の処理に加わってもらった方が、現役世代の負担は軽くなります。すなわち税での負担を求めるということです。
<@>鈴木亘学習院大学教授の提案がまさにそうです*4。「債務処理を保険料の世界から税の世界に持ってくると、保険料よりもはるかに融通が利く、債務処理の方法が選べます。例えば、年金所得課税や資産課税、死後の相続税などの形で、現在の『もらい得』の高齢者たちから、支払いすぎた年金額を一定程度、回収することができます。また、現在の現役世代や将来世代は、所得税もしくは消費税のわずかな引き上げで、将来にわたって薄く広く、何世代にもわたって負担を分かち合うことができます」。
ただし、税に負担を求める際、660兆円にまるまる充てるのは適当ではありません。660兆円の内訳はざっくり報酬比例年金350兆円、基礎年金310兆円です。第1号被保険者と第3号被保険者には報酬比例年金の給付がありませんから、報酬比例年金350兆円の処理に加わる義務はないためです。税負担は年金の1号〜3号を当然ながら区別しませんから、1号と3号にも負担を求めることになってしまいます。2号のなかで処理するしかありません。他方、基礎年金は全国民共通に給付されますから、税を使った処理に適しているといえます。(2026年10月7日)
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*1 https://nenkindb.jp/賦課方式と積立方式(2)年金制度の収益率/
*2 一橋大学経済研究所・日本総研共催『社会保障における世代間問題を考える』2013年2月19日【第2部】パネルディスカッション https://www.jri.co.jp/report/other/detail/6722/
*3 https://nenkindb.jp/2004年改正(6)2004年改正時のシナリオ/
*4 鈴木亘(2025)『入門社会保障の経済学』新世社、P105