「二重の負担」という用語は、賦課方式から積立方式への切り替えを議論する際に登場し、残念ながら虚実入り混じって用いられています。
そもそも「二重の負担」とは、どのような状況を指し、そう呼ばれているのでしょうか。次のような例を考えます。現在、2024年度末であり、24年度をもって賦課方式を基本とした現行制度をスパッと廃止し、積立方式による新制度に切り替えるとします。25年度以降、旧制度(廃止された制度)への保険料(合計1,500兆円、24年度価格、以下同様)の払い込みはなくなります(図表)。よって、将来期間に関わる分の給付(合計1,020兆円)もゼロになります。とはいえ、過去期間に係る分の給付(合計1,280兆円)については、当然ながらチャラにすることはできません。24年度末までに既に保険料が払い込まれており、国には給付義務が発生しているからです。

1,280兆円に対し、国の手もとにあるのは積立金300兆円だけです。これまで受領した保険料のほとんどは、賦課方式の名のもと、既に年金給付に充ててしまっています。国庫負担については、過去期間に係る分の給付に対応する320兆円は何とか捻出するとします。すると、過去期間に係る分の給付になお不足する財源は660兆円(=1,280−300−320)に絞られます。現行制度を廃止し、新制度に切り替える場合、被保険者は、新制度への保険料払い込みに加え、660兆円の費用負担を何らかの形で国から求められることになります。これが「二重の負担」と呼ばれる状況です。
「二重の負担」という呼称から、新制度への切り替えに伴い、追加的に負担が生じるかのような印象を受けるかもしれません。厚生労働省も、そうした印象を助長する説明を行っています。例えば、2012年4月の社会保障審議会年金部会資料*1がそうです。「(略)切り替え時の現役世代には、自分の将来の年金に向けての積み立てとその時の高齢者の年金給付に必要な費用を重ねて負担しなければならないという『二重の負担』が生じる問題がある」(傍点は筆者)。もっとも、この説明は実際と異なります。
次のような例を考えましょう。賦課方式の収益率<積立方式の収益率とします。この大小関係は、前回紹介した通りわが国の1980年代以降の現実であり、将来見通されている姿です。それぞれの収益率を、2024年財政検証の前提に基づき、0.3%(賃金上昇率+人口成長率)、3%(利子率)と仮定します。すると、現行制度への保険料払い込みは、収益率2.7%(=3−0.3)の放棄を強いられていることになります。国は、被保険者に対し収益率2.7%を放棄させ、過去期間に係る分の給付財源を賄っていると捉えることができます。2.7%は小さくありません。例えば、2.7%の複利で26年運用すると2倍になります。
他方、積立方式による新制度への保険料払い込みは、そうした収益率の放棄を強いられることはありません。収益率は3%です。その払い込みは、定期預金への預け入れ、あるいは、債券や株式の購入に近く、被保険者にもはや「負担」という感覚もないでしょう。過去期間に係る分の給付財源については、現行制度のように国が被保険者に収益率の放棄を強いて賄うといったごまかしは効かなくなり、国は被保険者に対し目に見える形で費用負担を求めることになります。
改めて整理すると、第1に、現行制度のままか、積立方式による新制度へ切り替えるか−−違いは、過去期間に係る分の給付の費用負担が、目に見えるか見えないかです。例えれば、消費税の内税表示か外税表示かの違いのようなものです。この点、旧厚生省の『年金白書』の記述は的確です。「厚生年金を廃止したり、積立方式に移行できるかどうかは、このことによって顕在化する移行期の『二重の負担』にどう対応するかが問題となります」(傍点は筆者)*2。生じるのではなく顕在化するのです。
第2に、過去期間に係る分の給付の費用負担は、見返りがなく、まさしく「負担」ですが、新制度への保険料払い込みは、利子付きできっちり給付されることを考えれば「負担」ではないということです。よって、「二重の負担」という呼称はミスリードといえます。なお、「二重の負担」に関し、厚生労働省が旧厚生省と全く異なる説明をしている前述の状況は深刻に受け止められなければなりません。抜本的な是正が不可欠といえましょう。(2026年8月18日)
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*1 第12回社会保障審議会年金部会(2012年4月24日)資料2-2 P6 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000294x3-att/2r9852000002952f.pdf
*2 厚生省年金局監修『二十一世紀の年金を〈選択〉する(平成9年度版年金白書)』1998年、社会保険研究所P152