公的年金制度について「経済的な損得という視点で見ることは、本来適切ではありません」。厚生労働省HPに「20代のみなさんへ」と題しこのように書かれています*1。しかし、それを口にする資格が果たして政府にあるのでしょうか。政府が若い世代の利益を真剣に守ろうとしているようには見えません。マクロ経済スライドにおける名目下限措置廃止の必要性を十分に理解していながら見て見ぬふりを続けていることがその典型です*2。若い世代に不利益を押し付けつつ、損得を気にするなと諭しても全く説得力がありません。侮蔑のニュアンスを含む「損得」という用語の使用も感心できません。負担に対する給付の「収益率」と表記しておけばよいはずです。
「収益率」に関心が向かうのは、保険料を負担するからこそ給付が受けられる社会保険方式が標榜され、かつ、想定を超える出生率の低下などから賦課方式の先行きに懸念がもたれる以上、ごく自然なことといえます。加えて、収益率の監視は、将来世代の利益を守るためにも不可欠です。実際、1998年に発行された旧厚生省年金局監修の『年金白書』では、収益率がとりあげられ、賦課方式と積立方式について次のように整理されています*3。「(賃金上昇率+人口成長率)<利子率の場合には、積立方式が有利であり、逆に(賃金上昇率+人口成長率)>利子率の場合には、賦課方式が有利となります」。
そのうえで、『年金白書』は、1960年度から1995年度を対象に、(賃金上昇率+人口成長率)と利子率の比較検証を行っています。『年金白書』は、プロパガンダ色も薄く、客観性に優れていました。ところが、1999年度版を最後に、残念ながら以降は刊行されていません。そこで、比較検証を延伸するため、『年金白書』掲載の数値に、1996年度から2024年度までの実績、および、2025年度以降の見通しを加えました。それが後掲のグラフです。年代ごとのポイントは次の通りです。
1960年代〜1970年代、明らかに(賃金上昇率+人口成長率)>利子率となっています。すなわち積立方式に比べて賦課方式が有利です。
1980年代〜1990年代、いわゆるバブル期に相当する1988〜91年度を除き、(賃金上昇率+人口成長率)<利子率に転じており、積立方式が有利になっています。『年金白書』の分析はこの辺りまでです。
2000年代〜2024年度、均(なら)してみれば(賃金上昇率+人口成長率)<利子率となっており、やはり積立方式が有利になっています。2000年代から2010年代、とりわけ10年代前半までは、マクロ経済スライドが全く機能しなかったことからうかがえるように、賃金水準が特に低迷していた時期です*4。なお、積立金は、2000年度まで旧大蔵省資金運用部に預託され、預託金利が付利されていました。2001年度以降、年金資金運用基金(2006年度以降はGPIF)による運用が始まったため、利子率の変動が大きくなっています。

2025年度以降を見通すと、(賃金上昇率+人口成長率)<利子率となり、積立方式が有利になっています。この見通しは、2024年財政検証における人口と経済の前提を用いています。(賃金上昇率+人口成長率)が、0%近辺(平均0.3%)で推移しているのが目を引きます。賃金上昇率が1.3%で推移したとしても、人口成長率が平均△1%で推移するため、賃金の伸び幅があらかた打ち消されてしまうのです。この人口成長率の平均△1%も、合計特殊出生率1.36人を前提としており、実際の出生率がこれを下回れば、(賃金上昇率+人口成長率)はさらに低下します。実際、2025年の出生率は1.14人でした。他方、2024年財政検証で想定されている利子率は3%です。
以上をまとめると、1970年代までは、賦課方式の方が積立方式に比べ明らかに有利でした。ところが、1980年代に入ると、積立方式の方が有利になり、それは今後も続く見通しです。(2026年8月13日)
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*1 https://www.mhlw.go.jp/nenkinkenshou/generation/20.html
*2 https://nenkindb.jp/2004年改正(8)名目下限措置廃止の頓挫/
*3 平成9年度版。P145。ちなみに『年金白書』は株式会社社会保険研究所から発行されている市販物です。
*4 https://nenkindb.jp/2004年改正(6)2004年改正時のシナリオ/を参照。