その「事件」が発覚したとき、与野党の国会議員のほとんどがこれほどの大ごとになるとは夢想だにしていなかった。年金の保険料を払っていない閣僚が明るみに出た未納3兄弟の問題である。
2004年の年金改革法案の国会審議が佳境に差し掛かろうとしていた4月、小泉純一郎政権の3閣僚の未納が発覚した。中川昭一経済産業相、石破茂防衛庁長官、麻生太郎総務相だ。未納の期間は中川氏が21年、石破氏は1年7カ月、麻生氏は3年10カ月だった。
中川氏は衆院議員に当選してから一度も払ったことがない未加入だった。石破氏は防衛庁長官への就任後、銀行口座からの引き落としがされていなかった。麻生氏は経済企画庁長官になったときに厚生年金から国民年金への切り替え手続きをしていなかった。
第1章でみてきたように厚生労働省の年金官僚が作成した改革法案は、年金受給世代に対し実質的な給付水準を長期的に切り下げるマクロ経済スライドを制度化する一方、現役世代の保険料負担を毎年小刻みに引き上げるのが要諦だった。いわば、すべての国民を敵に回すような法案だ。
法案への反発が日に日に高まるなかで発覚した閣僚の未納問題は、その成立を危うくさせる可能性を高めた。国会では野党議員が「厚労省・社会保険庁は未納者に対して強制徴収や財産の差し押さえまでしようとしている。未加入・未納の閣僚を即座に更迭し、法案を取り下げるべきだ」などと、小泉首相に詰め寄る場面がみられた。
3閣僚はそろって「事務的な手続きのミスだった」などと言い訳した。「事務的なミス」「手続き上のミス」は、政治資金報告書への不記載が表面化したときに当の政治家が釈明に使う決まり文句だが、説明としては甚だ不十分だ。なぜミスを犯したのか原因を示し、それが故意だったのか不可抗力だったのかを白日の下にさらしてこその説明責任である。未納3閣僚の言い訳もとうてい納得のいく内容ではなかった。
小泉首相は「今後、直せばいい。みんなうっかりして任せているんじゃないですか」などと、野党の追及を意に介さぬ国会答弁をしていた。
そんな折、民主党の菅直人代表が広島県呉市内での講演で「自分は払っていないのに国民の年金(保険料)を引き上げようなんてふざけている。未納3兄弟だ」と中川、石破、麻生3氏をこき下ろした。3兄弟というわかりやすい例えが人口に膾炙するのに時間はかからなかった。菅氏はまだ、このキャッチーなフレーズがブーメランのように自分に刺さってくるとは思ってもいなかった。
国会議員が入る公的年金は原則、国民年金だ。歳費という名の給与所得があるにもかかわらずウーバーイーツなどのギグワーカーと同じ自営業者あつかいされている。
給与所得者は厚生年金の保険料が月給やボーナスから天引きされるので、未加入や保険料未納になることは、基本的にない。しかし国民年金の保険料は銀行口座からの引き落とし手続きをしたり、郵便局や金融機関の窓口に払いに行ったりしなければならず、支払い漏れが発生しやすい。
うっかり手続きを忘れていたのなら、まだ救いはある。しかし未加入や未納であることを知っていて故意に払っていなかったとすれば、皆年金という日本の年金制度の土台に対する背信行為である。与党の政治家、しかも閣僚であればなおさらのことだ。
その後の調べで、3兄弟以外にも3人の閣僚の未納が明るみに出た。自民党だけではない。与党の一角を成す公明党も神崎武法代表をはじめ、冬柴鉄三幹事長、北側一雄政調会長ら党中枢からも未納議員が続出した。
神崎氏は自身をふくめ未納議員が党内に13人いたことを明らかにした記者会見で、2度立ち上がって深々と頭を下げた。「家内がやっていた。年金手帳をみることもなかった」と、家族のせいにして逃げ切りを図ろうとした。
同党は「100年安心プラン」の本家本元だけに、地に堕ちた信頼性を取り戻すのは簡単ではない。こうして日本の政界に年金未納ドミノが広がっていった。