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コラム

大林 尚

第1章 2004年改革の本質 ⑩ 構造的で致命的な欠陥をかかえたマクロ経済スライド

2004年当時、いわゆる厚生年金のモデル夫婦世帯がもらう年金の水準「所得代替率」は、平均的な現役会社員が稼ぐ手取り所得の6割程度だった。所得代替率を長期的な時間軸に沿って毎年小刻みに切り下げ、5割程度になったところで固定する。この「5割保証」を実現するための手段として厚生労働省の年金官僚が編み出したのが、マクロ経済スライドである。

マクロ経済スライドの仕組みや問題点は、本サイトの「現状と課題」に詳述しているのでそちらにゆずる。かみ砕いて言うと「賃金や物価の上昇幅にスライド(連動)させていた年金の支給水準を、賃金や物価の上昇幅より低めに抑える」やり方だ。

簡単な数字で説明しよう。マクロ経済スライドの導入前は、ある年の消費者物価の上昇率が3%だとすると、翌年4月の年金改定によって年金額も3%引き上げる物価スライドを採用していた。このとき年金額の改定率を、たとえば2%の引き上げにとどめるのがマクロ経済スライドである。

物価上昇率と年金改定率の差である1%分を「スライド調整率」と呼び、年金加入者数の減少率に0.3%を加えた値を用いている。スライド調整率は、少子化にともなって年金保険料を払う現役世代が減る影響と、長寿化により年金給付が増える影響を勘案した数字ということになっている。将来、保険料が固定されてもスライド調整率を差し引くマクロ経済スライドが機能していれば、超長期的な年金の財政収支はつじつまが合う、という触れ込みだった。

机上の計算ではそのとおりであろう。だがマクロ経済スライドは構造的かつ致命的な欠陥をかかえてスタートした。

図は日本年金機構ウェブサイトのスクリーンショットだ。これは一例だが、説明にあるように賃金や物価の上昇幅がスライド調整率よりも低い年は、年金の引き下げ幅をスライド調整率より小さくして前年の年金額(名目値)を維持する。要は、賃金や物価が上がらないデフレ経済のもとでは、机上の計算どおりには年金の実質価値を減らせない仕組みなのだ。

二つの問題が指摘できる。

第一に、当時は1990年代に起こった金融機関の連鎖破綻やアジア通貨危機の影響が色濃く残っていた。日本経済はデフレのただなかにあり、しかもその長期化が懸念されていた。年金官僚たちはマクロ経済スライドが終了し、所得代替率が5割保証で固定される年を2023年と公言していた。だがマクロ経済スライドの欠陥が実質価値の切り下げを阻む要因になることは、暗黙の了解だった。

第二に、年金の名目額つまり見た目の年金額を減らさなければ受給者に大きな不満はないだろう、と考える政治家の不遜である。言い換えれば、賃金や物価が十分に上がり、スライド調整率を引き切っても名目の年金額が前年より高ければ年金受給者は文句を言わないだろう、というきわめて政治的な思考だ。馬鹿にされたものである。余談だが、デフレからインフレ経済への転換がすすんだ2026年4月の日本経済は、まさにその状況にある。

筆者は2011年10月31日付の日本経済新聞に「年金『もらい過ぎ』15兆円」という見出しで、マクロ経済スライドの欠陥を問題提起する記事を書いた。05~10年度の6年間累計の年金給付費が04年改革時の想定を15兆円程度上回ったという内容である。

実質価値の切り下げが机上の計算どおりにすすまぬよう仕組んだことが、高齢者にとっての意図せざる「もらい過ぎ」を招き、デフレの罠にはまった年金制度は身動きがとりにくくなっている、と論評した。

マクロ経済スライドの欠陥なかりせば、5年ごとに実施する財政検証のたびに年金の将来価値の過度な低下を招かぬよう、年金官僚が苦肉の策をひねり出す必要性ははるかに低かったであろう。年金官僚らが24年の財政検証時に検討しつつも、首相官邸から横やりが入り、いったんお蔵入りにした基礎年金の加入期間の延長問題が典型である。

じつは、デフレ経済のもとでも年金の実質価値を切り下げられるようにマクロ経済スライドを改善すれば、今後の経済成長が思わしくなくとも、5割保証とはいかぬが、所得代替率は2063年度に45%程度で下げ止まるという試算結果が、このときの財政検証で示されていた。いまからでも欠陥を正したいという年金官僚の良心の表れである。

実際の所得代替率は24年度に60%強にかさ上げされている。もらい過ぎは、なおつづいているのである。

2011年10月31日付日本経済新聞から


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