2004年の年金制度改革は現役世代の保険料負担について長期間にわたる段階的な引き上げを決め、一定の水準に達したところで固定してしまうという野心的な試みだった。当時、厚生年金の保険料率は13.58%。将来は20%までの引き上げを最低線とすべきだというのが厚生労働省の年金官僚の腹積もりであった。
この先どこまで高齢化が進展しようとも「それ以上は保険料を上げない」と確約することを若い世代に知ってほしいという年金官僚の思いが背景にあった。マクロ経済スライドが順調に実施され、実質的な年金給付水準の引き下げが一段落した後はその年に入ってくる保険料と積立金の運用益に応じた範囲内で年金を給付する。それなら将来も年金財政に陰りが生ずることはない。「保険料固定・給付自動調整方式」である。
この方式のモデルは1999年にスウェーデンの与野党が合意した年金制度改革にあった。旧厚生省で年金局長、事務次官をつとめた山口剛彦氏は当時「若い世代に負担の限界をはっきり示すことは、年金がもらえなくなるかもしれないというこの世代の不信感を拭うのにひと役買うだろう。画期的なやり方だ」と語っていた。
保険料への上限設定には財務、経済産業省などの経済官庁、また経済界・労働組合団体など年金制度に関するステークホルダーの多くが、総論では賛意を示していた。問題は、どこまでの保険料引き上げを容認するかだ。
最低20%という年金官僚の言い値に驚いたのが経済界だった。厚生年金の保険料は労使で折半して払っている。20%のうち10%分は会社側の負担だ。これに雇っている人の数を掛けた額が毎月の事業主負担になる。法人税と異なり、厚生年金や健康保険にかかる社会保険料は会社の業績が冴えず赤字決算を出しても逃れられない。いわば人頭税である。高くても15%にとどめよ、というのが経済界の総意だった。
経産省がこれに同調した。過大な保険料負担が経済活力を阻害するリスクを懸念してのことだった。経済産業政策局長のもと、局内の若手が手分けをして与党幹部らに高負担の弊害を説いて回っていた。
自民党内は経産官僚の側につく商工族議員と、年金官僚案を推す厚労族議員とに分かれた。若いころに党社会部会(現在の厚労部会)の部会長をつとめた安倍晋三氏は20%を容認していた。与党の一角を占める公明党も厚労相に坂口力氏を出していることもあり、年金官僚側についた。
政府・与党の年金改革の甘さを突くことで有権者の支持を獲得し、国政選挙のたびに勢いを増していた民主党は、将来の給付水準を過度に減らさぬために20%案を支持した。最大の支持母体である連合の意向も反映されていたとみられる。
小泉純一郎首相が議長をつとめる経済財政諮問会議は、20%だけでなく18%程度を政府としての選択肢に加える案を提起した。経済活力におよぼす影響を重視してのことだ。同会議の民間議員だった奥田碩トヨタ自動車会長、牛尾治郎ウシオ電機会長ら4人の民間議員は16%程度にとどめるべきだと、思いっきり「低めの球」を投げこんでいた。
結論はどうなったか。年金制度改革法案の立案が大詰めを迎えていた03年の暮れも押し迫ったころ、自民・公明両与党は幹事長・政調会長協議と与党税制協議会を同時並行で開き、保険料の上限を18.35%に固定するという結論を導いた。さらに年明け後の幹事長・政調会長会談で再協議し「年収の18.30%」とすることで最終決着した。
保険料の上限論争に影響力をおよぼしたのは、自民党の額賀福志郎政調会長(前衆院議長)だった。商工族のリーダーでもある額賀氏は経産官僚や経済界の意を汲みつつも、将来の給付水準について所得代替率50%を維持するには18.3%がギリギリの線だという結論に落ち着いた。単に間を取ったようにもみえるが、熟慮の末の最終決定でもある。年金官僚側、経産官僚側ともに不満が残ったが、ともになんとか容認できる数字だった。
04年6月、年金制度改革法の成立により、厚生年金の保険料率は毎年0.354%ずつ引き上げられるようになり17年に18.3%になった。この水準は現在にいたるまで固定されている。保険料固定方式は見事に実を結んだのである。

山口剛彦元厚生次官についてひと言、申し述べたい。山口氏は世間を震撼させた元厚生次官宅連続襲撃事件の犠牲者である。08年、自宅で暴漢に襲われ、夫人とともに非業の死を遂げた。66歳だった。山口氏に先立って年金局長、次官を務め、支給開始年齢の引き上げについて与党政治家を説得して実現させた吉原健二氏の自宅も、この事件で襲撃を受けた。たまたま外出していた吉原氏は難を逃れたが、夫人が重傷を負った。
1985年の年金制度改革は吉原氏が年金局長、山口氏は年金課長としてタッグを組み基礎年金制度の創設に取り組んだ。筆者はお2人が退官した後もさまざまに教えを請い、勉強させてもらった。改めて心からの感謝の念をお伝えする(写真は朝日新聞ウェブサイトから)。