超党派年金制度改革データベース

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コラム

大林 尚

第1章 2004年改革の本質 ⑦ モノ言う経産官僚と経済人(その2)

政府が2004年の年金制度改革を議論する過程では、経済人の存在感もまことに大きかった。漸進的な案を描く厚生労働省の年金官僚らに、時の小泉純一郎首相は「よきに計らえ」というスタンスだった。厚相を3回経験した小泉氏は年金の支給開始年齢を引き上げる必要性を感じてはいた。しかし、自身が構造改革の本丸と位置づける郵政民営化のことで頭がいっぱいだったに違いない。

そうしたなかで、超高速で進む少子化・長寿化に耐えうる独自の改革案を小泉政権にぶつけた経済人がいた。筆頭に挙げられるのは、経済同友会の副代表幹事・専務理事の任にあった渡邉正太郎・元花王副社長である。

02年12月に同友会が公表した政策提言「急激に進展する少子高齢化社会に向けた持続可能な公的年金制度への抜本改革」は、日本の年金が抱えていた重要な問題を提起している。
〇国民年金は加入期間が短ければ無年金になるおそれがある
〇社会保険庁は保険料徴収に高いコストをかけているが、既定の保険料を徴収できていない
〇国民年金の未納分のかなりの部分を厚生年金加入者が肩代わりしている。第3号被保険者は自分で保険料を払っていないのに基礎年金がもらえる
〇厚生年金について高齢世代は保険料負担に対して数倍の年金給付が期待できるが、現役世代は給付が負担を下回る可能性がある。世代間の不公平が深刻化している
〇最低生活を保障する基礎年金は全国民で支え合い、確実で平等な給付を受けられる制度に転換すべきだ

いま河野太郎衆院議員らがリードする超党派の年金改革に参画している与野党議員の問題意識と重なる点もあろう。それはとりもなおさず、同友会の提言から四半世紀を経ようとしているのに、その間の歴代政権が年金改革の核心を避けてきたことを意味する。

同友会提言の肝は次の3点である。
1. 現行の基礎年金を廃止し(8年後の)2010年4月にナショナルミニマム保障を目的とする「新基礎年金制度」を制定する
2. 新基礎年金は65歳以上の全国民を受給者とする。給付水準は高齢者の生活実態を十分に考慮し、1人一律年額84万円(月7万円)とする
3. 国民年金の未加入者に遡及して保険料の納付を求めるが、特別な理由なく納付しない者は未納額に応じた受給減額措置を講ずる

この新基礎年金の制度化には巨費が必要になる。同友会はそれを消費税の増税に求めていた。当時およそ10兆円あった国民年金積立金を充当するとともに、5%の消費税率は9%への引き上げが必要になる、と試算した。

経済団体が消費税増税の必要性を主張すると、法人税の負担を免れたいからではないか、という批判が沸き上がるのが常だ。そのような「下心」をもつ経営者が皆無とは言わない。しかし、人が生を受けてすぐ必要になるミルク代やおむつ代にはじまり、歳を重ねて死に至る瞬間までのあらゆる消費活動にかかる消費税は、それぞれの経済力に応じたフェアな負担であり、世代間の不公平が小さいという特性をもつ。社会保障財源としてすぐれた税なのである。

日本経団連の副会長をつとめていた西室泰三・東芝会長も年金、医療など社会保障の制度改革を小泉政権に迫っていた。03年11月、経団連の奥田碩会長は東京都内で谷垣禎一財務相との意見交換会を開いた。厚生年金の保険料を年収の20%に引き上げる厚労省案に対し、もっと慎重に議論すべきだという認識で奥田、谷垣両氏は一致した。

この席で「保険料の引き上げには非常に問題がある」「拙速な議論は避けてもらいたい」などと述べたのが、同席していた西室氏だった。財務相も「20%は限界に近い」と同調し、すでに年金をもらっている人を含めて給付水準を極力抑える必要性を力説した。

西室氏は東芝社内で「スーパートップ」と呼ばれていた。院政を敷いて経営幹部間に激しい派閥抗争を引き起こし、挙句の果てに2度の不正会計問題を惹起した。同社の経営を壊滅状態に追い込んだいわば戦犯でもあった。晩節は汚したが、それでも一経済人としての年金官僚への物言いの鋭さは、色あせることがない。

渡邉氏は38歳で花王取締役に就いた。筆者は渡邉氏が同友会を退任するときにインタビューし、長い経営者人生を振り返ってもらった。生まれ育った家は決して恵まれていなかったという。こんなことを話してくれた。

「高校3年から学費稼ぎのために家庭教師のアルバイトを始めました。勉強嫌いの子供を2時間、机に向かわせて結果を出す。責任を果たさねばならない。浪人時代や早稲田大学での4年間もずっとこの繰り返しで、私なりのビジネスモデルを確立しました。丁稚奉公でお金をためて自己資本をつくり、独立した稼業を新規展開する――」

「他人はもちろん、国や自治体にも頼っちゃいけないと悟ったのもこの体験からです。年金改革について高齢者や団塊の世代に厳しい提言をしたのは、自立の大切さを訴えたかったからです」
渡邉氏も西室氏も泉下の客となった。いま一線にいる経産官僚と経済人には、彼ら先達の気概を拳拳服膺してほしい。

渡邉正太郎さん㊧と筆者(2007年撮影)


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