超党派年金制度改革データベース

menu

PAGE TO TOP

コラム

大林 尚

第1章 2004年改革の本質 ⑥ モノ言う経産官僚と経済人(その1)

2004年の年金制度改革の特徴の一つとして、改革への多様なプレイヤーの参加を挙げることができる。企業に過重な社会保険料負担を課すことが日本経済の成長力を弱めると考える経済産業官僚は当時、厚生労働省の年金官僚に真っ向からもの申していた。企業経営で研鑽を積んだ経済人も、また然りである。

経産省傘下のシンクタンクに独立行政法人・経済産業研究所がある。この研究所がユニークなのは、ランチタイムを活用して政策や制度、また国内外の経済状況などに関するテーマを選んでディスカッションをする「BBLセミナー」を主宰していることだ。

研究所のウェブサイトに、こんな趣旨が載っている。

“米国の大学や研究機関では先生、学生の間で「ブラウンバッグ・ランチ・ミーティング」が頻繁に行われています(昼食を茶色の紙袋に入れて集まるところからこの名前がついた)。BBL(Brown Bag Lunch Seminar Series)はワシントンのシンクタンクで日夜繰り広げられているような政策論争の場を日本にも移植し、ポリシー・マーケットをつくりたいという思いで当研究所が企画するブレインストーミング・セッションです。内外の識者を招き、さまざまな政策についてディスカッションしています”

当時、ある経産官僚に「時間があるときに聴きに来てみては」と誘われた筆者は、関心があるテーマのセミナーが開かれるときに参加するようになった。2003年のある日のBBLセミナーは「企業福祉の制度改革――多様な働き方へ向けて」をテーマに、同研究所のファカルティフェローである橘木俊詔京都大学教授がスピーカーをつとめた。

このときの橘木氏の主張をひと言にまとめると「日本企業は福祉からの撤退があってよい」というものだ。国民年金だけでなく厚生年金の空洞化が加速しているとみていた同氏は、高齢夫婦2人で月額17万円の基礎年金制度を確立する必要があると主張し、その財源は消費税の増税でまかなうべきであるという問題提起をした。そのためには当時5%だった消費税率を15%程度に引き上げるのはやむを得ない、という立場だった。

筆者も当時から消費税財源を活用して基礎年金の最低保証機能を強化する案に賛同している。現行の基礎年金は財源の50%を国庫負担が占める(当時は33%)ため、富裕層に対しても税財源の年金が支給されるという制度矛盾をかかえている。現役時代に低所得だったり非正規社員だったりしたために、引退後に低年金を強いられているような人に、税財源の年金を集中して支給するのが、租税本来の役割であろう。また消費税を財源にすることで、制度への未加入や保険料の未納の問題が解決する。

夫婦2人で月額17万円という橘木氏の考え方に対しては、最低保証年金の支給額として多すぎるし、そのための消費税の増税幅も大きくなりすぎる問題がある。橘木案をスリム化して低所得層へ税財源年金を集中して投入するのが望ましい、というのが当時の筆者の結論であった。

BBLセミナーが終了し、経産研究所が入居している東京・霞が関の経産省別館を後にするため、下りのエレベーターに乗ったら、同省経済産業政策局の若手職員と思しき2人と居合わせることになった。2人は「橘木先生の主張を実際の政策に落とし込むには、もう少し理論武装が必要だ」「企業の年金保険料負担を消費税に置き換えることへの納税者の反発をどう抑えるかも課題になる――などと、話に夢中になっていた。

折しも、厚労相の諮問機関である社会保障審議会・年金部会(部会長・宮島洋早稲田大学教授)による2004年改革の原案づくりが佳境を迎えようとしていた。ことほど左様に経産官僚が年金改革に携わろうという意欲が強かった時代であった。

その後、経産省は年金部会の議論の進展をにらみつつ、組織を挙げて年金保険料の大幅な引き上げに反対し、小泉純一郎首相が議長をつとめる官邸の経済財政諮問会議などあらゆる機会を使って年金官僚に対峙した。年金官僚は当初、当時13.58%だった厚生年金の保険料率を20%まで引き上げる大胆不敵な案を温めていた。これが覆ったのは、経産官僚の奮闘によるところが大きい。


コラム一覧へ