18.3%という現在の厚生年金の保険料率は、2004年の年金制度改革の結果、決まった数字だ。
これは健康保険、介護保険、雇用保険などほかの社会保険制度の保険料よりも断トツに高い。
かつて「サラリーマンは気楽な稼業」と言われた時代があった。昭和の半ば、GNPが毎年のように倍々ゲームで増える高度経済成長を日本人が謳歌していたころである。国民皆年金が確立したのも昭和30年代だ。サラリーマンは月々の給料から年金保険料を天引きされ、自分で払い込む手続きをしなくても勤め先の会社にまかせておけばよい。
会社まかせは保険料の未納や滞納を防ぎ、引退後にもらう年金を毀損するリスクを低くする。
一方で、年金加入者が会社まかせに慣れ切ることで給与明細の確認を怠り、制度への関心が削がれるというデメリットがある。それは、年金制度を運営し保険料を徴収する側に対し、加入者の無関心に付け入る隙を与えてしまう。
2004年改革で政府・与党が当時13.58%だった保険料を14年かけて毎年小刻みに引き上げ、18.3%にするのを法律に明記したのも無関心さに乗じた面があるのは否めまい。
厚生年金の実際の保険料は、厚生労働省がさだめる「標準報酬月額」に料率をかけて算出する。標準報酬月額は保険料の算定を簡易にするために、加入者の月給に応じて一定の範囲を標準額に収斂させるもので、厚生年金の場合は32段階に分かれている。
たとえば月給が19万5千~21万円の人は標準額が20万円、48万5千~51万5千円の人の標準額は50万円という具合だ。月給には、基本給だけでなく残業手当、通勤手当、住宅手当など労働の対価として事業主が現金や現物で払うすべての報酬を含む。ボーナスから徴収する保険料は同様のしくみによる「標準賞与額」をベースに算出している。
厚生年金に入っている会社員や公務員など給与所得者は、保険料を給与所得者自身と勤め先(事業主)とで折半して払っている。国民経済計算のうえでは、事業主の負担分を合わせて保険料はすべて従業員側に帰属し、従業員が払っているとみなされている。事業主の負担分は人件費に属するわけだ。
したがって本来、労使分を合わせた保険料をそれぞれの給与明細書に明記するのが筋だが、現実には従業員の負担分しか示されていない。その額は、従業員側に帰属し払っている保険料の半分に過ぎない。
昨年、65歳になるのを前にした筆者の自宅に日本年金機構から「ねんきん定期便」が郵送されてきた。厚生年金保険料の最近の月別徴収状況や65歳時点の受給見込み額、また受給を70歳や75歳まで繰り延べした場合(繰り下げ受給)に受給見込み額がどの程度増えるかが記されている。
問題なのは、これまでの保険料の累積徴収額が「被保険者負担額」つまり従業員として払った半額分しか記載されていない点だ。現役時代に月々せっせと払ってきた累積保険料に対して、死ぬまでにもらう年金の総額を大きくみせたい年金官僚の意向を反映した書式ではないか。
厚生年金のモデル夫婦世帯は現役世代、子供世代、将来世代をふくめたすべて世代が平均寿命までに生きれば、現役時に払い込んだ保険料の2倍以上の年金がもらえるというのが、厚労省のうたい文句だ。これには2つの落とし穴がある。1つは、保険料を夫の本人負担分しかカウントしていない点。もう1つは、妻は第三号被保険者という設定なので本人の保険料負担がゼロなのに基礎年金を満額もらえる点だ。
出生数の減少と年金受給世代の増加が同時並行している。現役世代の保険料負担でその時々の高齢層がもらう年金の原資をまかなっているしくみを考えれば、2倍ももらえるはずがないのは、ちょっと考えればわかる。
皆年金制度が確立して65年の歳月が流れた。この間、厚労省は経済状況に応じて、また将来推計人口の誤算を繕おうと、制度改正と称する修復を繰り返してきた。結果として年金制度は複雑さを増す一方だ。それが加入者の制度への無関心を増幅させる悪循環をまねいている。無関心は罪である。
保険料負担に鈍感なサラリーマンは、じつは今も気楽な稼業と言えるかもしれない。