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コラム

大林 尚

第3章 苦難の支給開始年齢引き上げ~意地をみせた年金官僚 ➇ プーチン大統領でさえためらった

2018年6月、ロシアのプーチン大統領はこの年のFIFAワールドカップ(サッカーW杯)を国内11都市の12会場で開催すると高らかに発表した。特筆すべきは、これに合わせて同国の公的年金の支給開始年齢を引き上げる考えを表明したことだ。

男性60歳・女性55歳の支給開始年齢をそれぞれ65歳・63歳へと段階的に引き上げるのがプーチン案である。ロシア国民は敏感に反応した。翌7月、モスクワやサンクトペテルブルクなど大都市を中心に引き上げ反対のデモンストレーションが繰り広げられた。

プーチン大統領(Wikipediaから)

ロシア人はおしなべて平均寿命が短い。男性は約68歳、女性が約79歳と、日本人とは大きな差がある。地域によっては厳冬期の気候が厳しいうえに、ウオッカのようなアルコール度数が高い酒をぐびぐびと飲む男性が多い。他国に比べれば喫煙者も少なくない。

そのロシア人にもここにきて徐々に高齢化の波が押し寄せている。年金財政の健全性を保つには、支給開始年齢の引き上げが避けられないと考えたプーチン氏はしごく真っ当なのだが、引き上げの対象になる人は自分が不利になることだけを考える。この点は日本人にも共通するだろう。5月に79%を誇っていたプーチン大統領の支持率は7月に67%にまで急落した。

欧州連合(EU)にも支給開始年齢の問題に政治が翻弄される加盟国がある。

23年4月、フランスのマクロン大統領は年金改革法を成立させた。その主な内容は、法定の支給開始年齢を62歳から64歳へと、順を追って引き上げるというものだ。案の定、パリをはじめフランス各地で大規模なデモや労働者のストライキが起こった。政権が国民議会での採決を経ず、法案を成立させる憲法上の手続きをとったことが国民の反発を増幅させたのだ。

マクロン大統領(Wikipediaから)

翌24年、マクロン氏は国民議会を解散して総選挙に打って出た。結果は与党の敗北だった。議会の構成は左翼政党、中道、極右勢力に分断され、与党は安定多数を確保できなくなった。この選挙結果に影響をおよぼしたのが、マクロン大統領の支給開始年齢引き上げ方針であった。

にっちもさっちも行かなくなった政権は25年、ルコルニュ首相が27年の次期大統領選後まで支給開始年齢の引き上げを凍結する方針を表明した。左翼政党の協力を取り付けてマクロン政権への不信任をなんとか回避したうえで、26年度政府予算案の成立を期すための政治的な妥協であった。

フランスは学生や労働者によるデモが日常茶飯事だ。政治的な要求を表明する正当な権利としてデモに対する国民の許容度は高い。26年秋も、高校生らが学校の学習環境の不備を是正するよう政府に求めるデモが各地で起きた。ところがこれに急進左翼の武闘派が便乗し、当初は秩序立っていたデモが暴動や騒乱に発展した。店を襲って商品をかっぱらったり、警戒にあたる警官と暴力沙汰を演じたり。

この背景には、止まらぬ食料品・エネルギー価格の高騰のせいで暮らしが成り立たなくなるほど困窮した人が増えた事実があった。フランス発の暴動はイタリア、スペインなどほかのEU加盟国にも飛び火した。

国民にとって物価高騰は目の前の問題、年金の支給開始年齢の引き上げは中期・長期の問題だ。支給開始年齢引き上げ反対のデモには、高齢者に連帯する学生も積極的に参加していた。マクロン大統領は今後の政権運営を危うくする火種を抱えつづけることになる。

隣国ドイツはどうか。

同国にも少子高齢化の波が押し寄せている。CDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)という保守勢力と社会民主党(SPD)による保革大連立政権を率いるメルツ首相は、年金の支給開始年齢を寿命の伸長に連動させて67歳から将来さらに引き上げる改革案を俎上に載せたのである。2031年以降、平均寿命の伸びに対応するかたちで支給開始年齢を引き上げ、41年までに67.5歳にする。さらに、その後も段階的に引き上げをつづけるという。

メルツ首相(Wikipediaから)

同国の年金は67歳までの引き上げが既定路線になっている。ドイツ人は日本人よりも平均寿命が短いにもかかわらず、日本が支給開始年齢の引き上げを65歳で止めたのに対し、より高い年齢に引き上げることを決めているのだ。ドイツの支給開始年齢が67歳に達するのは3年後の29年である。メルツ氏は29年を待つことなく、十分に時間をかけつつも引き上げを継続させる方針を打ち出したことになる。

かつて日本にも「(引き上げは)20年先だからこそ、(決めるのは)いまなんです」と政治家に説いて回った年金官僚がいたのは、前述したとおりだ。だが日本の官僚、政治家はいまや形なしである。
日本のメルツ首相は出てこないものか。

なお、本節を書くにあたってはChatGPTを参考にした。


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