超党派年金制度改革データベース

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コラム

大林 尚

第1章 2004年改革の本質 ⑫ 「100年安心プラン」の意味するもの

2004年の年金制度改革は、保険料を払う現役世代と年金をもらう高齢世代の双方に、ともに痛みを甘受するよう求める内容だった。現役世代には保険料の引き上げを、高齢世代には年金の実質価値の切り下げを、段階的に実施することで超長期の年金財政の釣り合いをたもち、制度の持続性を確実にしたい。こうした考え方を厚生労働省の年金官僚たちは温めていた。

考えようによっては、すべての国民を敵に回す改革である。国民の理解なしには成就しない。それであれば改革の要諦を示すキャッチーなスローガンが必要ではないか。こうして誕生したのが「100年安心プラン」だ。改革法の成立から20年あまりを経た今も、たびたび引き合いに出されるこのスローガンを編み出したのは、与党の一角として厚生労働相に坂口力衆院議員を出していた公明党の国会議員であった。では、そのココロは?

年金官僚の思惑どおりに保険料の引き上げと年金給付の引き下げが機能し、さらに年金積立金の運用によって残高が意図したように増えれば、年金制度はこの先100年程度、財政収支が釣り合う。制度がなくなることも、年金がもらえなくなることもない。年金への不信感をいだく若い世代はもとより、国民のみなさん安心してください――。要は、そういうことである。

日本経済新聞の記事データベースを調べると「100年安心」が最初に登場したのは意外に古く、03年10月15日付の朝刊だ。11月9日に投開票された衆院選に臨む各党の公約を比較した表に出てくる。

公明党の欄に、神崎武法代表の顔写真とともにこう記述されている。

● 年金の国庫負担を段階的に上げ
① 定率減税と年金課税の見直しで基礎年金の国庫負担を段階的に引き上げ、2008年度から2分の1に
② 年金積立金を取り崩し、厚生年金保険料を年収の20%以下に抑制
③ 厚生年金の給付水準は手取り収入の50~50%台半ばを確保
――などの「年金100年安心プラン」を実現(下線筆者)

かみ砕くと「基礎年金への税財源の投入を段階的に増やし、保険料は上げすぎず、将来の年金給付は大きく下げない」改革によって100年安心プランが実現すると言っているのだ。

当時、厚労省のある局長(年金局長ではない)は「大学で高度な数学を修めた数理課の精鋭が100年先までの年金財政を緻密に計算している。それに一理はあるが、100年先を確約することには無理がある」と、突き放し気味に語っていた。身内にも100年安心への疑問をもつ幹部がいたのだ。

メディアは露骨に批判した。04年6月12日付の日経新聞1面コラム「春秋」の出だしはこんな具合だ。「来年のことを言うと鬼が笑うという。百年先まで約束すると言えば、世界中の鬼という鬼が笑い狂って悶絶死することだろう。政府与党が年金改革に『百年安心プラン』という大仰な呼び名をつけたので怪しんでいたら、やっぱりだった」

女性1人が生涯に産む子供数の理論値である合計特殊出生率が03年に1.3を割ったと厚労省が公表したのを受けたコラムである。その少し前に国会で成立した年金改革法の前提は、03年の出生率を1.32とおいていた。「百年どころか一年先を読み違えたのだから鬼ならずとも噴飯ものだ」と、手厳しい。

年金官僚に言わせれば、04年の年金改革法によっておおむね5年ごとに将来の年金財政がどうなるかを検証することが義務化されたので、前提は検証のたびに直せばよい、ということになる。この「財政検証」は健康診断に例えられる。もっともこの例えは、健診結果をみて思わしくない数値が出てきたら、よくみせるように前提条件の取り繕いを誘発するおそれがないか。

直近の24年の財政検証のときは、人生100年時代にあやかり「100歳まで生きても年金は安心だと厚労省は言っている」と、100年安心の意図を履き違える解釈がSNSをにぎわせた。年金官僚の思惑を国民に浸透させるのは難事なのである。

痛みを強いる年金改革の究極のねらいが制度の持続性向上であることは論を待たない。その点では100年間の安心をアピールしようとした政権与党の立場は理解できる。しかし、経済動向や人口動態など年金財政に影響をおよぼす要因は、先を見通すことが一段と困難な不確実性の時代である。「100年安心プラン」はやはり罪つくりなスローガンであった。


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