2004年の年金制度改革法は憲政史上まれにみる難産であった。民主党をはじめとする野党各党が法案の廃案を求めて国会での法案成立に最後まで徹底抗戦したためだ。その背景には、年金の実質価値を毎年小刻みに切り下げる「マクロ経済スライド」がこの法案の核心だったことがある。
6月3日の参院厚生労働委員会。厚労省の年金官僚が「最後の大改革」と銘打った年金制度改革法案が採決され、与党の自民・公明両党などの賛成多数で可決された。法案は5日午前の参院本会議で両与党などの賛成多数で可決、成立をみた。
事実関係を書き出せば、この数行で足りる。しかし成立にいたる過程では、野党議員が成立を阻もうと審議そっちのけで乱闘騒ぎを演じた。6月4日付の日本経済新聞は「怒号の中 ドタバタ採決~委員長もみくちゃ、騒然」などという見出しでその様子を伝えている。

2004年6月4日 日本経済新聞社会面から
記事にはこうある。
午後三時過ぎ。公明党の遠山清彦議員の質問が終わると、突然、自民党の伊達忠一議員が挙手して立ち上がり、採決を求める緊急動議を提案。「質疑を終結し……」と取り出した紙を読み上げ始めた。その瞬間「止めろー」「認めないぞー」の怒声とともに野党議員らが席を飛び出す。国井正幸委員長は詰め寄った野党議員らにもみくちゃに。委員長席の周辺の机は倒され、討議用資料は床の上にばらまかれた
もみ合いが十分程度続いた後、国井委員長が「賛成の方、挙手をお願いします」と促すと、与党議員らが一斉に挙手。出席していた小泉純一郎首相は無言でその様子を眺めていたが、法案の可決を見届けると、軽く一礼して静かに退室した
写真には胸ぐらをつかみ合うスーツ姿の男たちが写っている。まるで暴力沙汰だ。そのかたわらには、靴を履いたまま机の上に立ち尽くす女性がいる。参院には「良識の府」の別名があるというが、聞いてあきれる醜態だ。
この手の強行採決は最近でこそみられなくなったが、かつて冷戦時代には与野党が鋭く対立する重要法案について与党側が採決を強行し、審議不十分と訴える野党議員が委員長席に詰め寄る姿が時おりみられた。04年年金改革法案の参院厚労委採決は、久しぶりに目にした乱闘騒ぎだった。
厚労委での可決で法案成立が確実になっても野党は抵抗をつづけた。参院本会議でフィリバスターと呼ばれる長時間の演説や、採決時に自席から議長席近くの投票箱までのろのろ歩く牛歩戦術を繰り出した。
6月4日の参院本会議では民主党の森ゆうこ氏が国井厚労委員長解任決議案の趣旨説明のために登壇し、国井氏の批判だけでなく自らの身の上話を交えてまる3時間、話しつづけた。これに対する自民党側の反対討論は5分。賛成討論には民主党の大塚耕平氏が2時間、共産党の井上美代氏が1時間45分をかけた。野党は衆院本会議でも衛藤晟一厚労委員長の解任決議案の採決時に牛歩戦術をとった。会期末をにらんで時間切れをねらったのだろうが、結局は無駄な抵抗に終わった。
両者の攻防は翌5日の土曜日の未明にもつれ込んだ挙句、与党側が採決に持ち込み、法案が成立した。与党にしてみれば、乱闘騒ぎという見せ場を野党にも与えるという歌舞伎のような出来レースの面もあった。一方で、野党がこれだけ粘ったのは、その年の夏に予定されている参院選でマクロ経済スライドを柱とする年金制度改革法を争点に据えれば、小泉人気に乗じる自民・公明両党に太刀打ちできると踏んでのことだった。
マクロ経済スライドは、現役世代が月々に払う年金保険料の総和と、高齢世代への年金給付額の総和を長期的にバランスさせてゆくために不可欠なしくみだった。発案したのは年金官僚だが、高齢世代のマクロ経済スライドへの反発は官僚に対してではなく、法案に賛成した与党議員に向かう。本音では野党議員に同調したかった与党議員も少なくなかったに違いない。
それをぐっとこらえて野党の乱闘騒ぎを抑え込んで法案を成立させたのは、政権政党としての矜持であった。